亀山薫の苦悩プション

亀山は、朝からじっと机にむかっていた。
しかし、机のうえには書類どころかペンのひとつもない。
だからといって、居眠りをしているわけでもなさそうだ。
腕をくんでみたり机に突っ伏したり、時折頭をがしがし掻いてみたりと。
わかりやすい彼の行動パターンから、彼が何か悩んでいるのだろうというのは一目瞭然だった。
彼のたったひとりの同僚であり上司である杉下右京は、一日中彼と同じ部屋にいた。
紅茶を楽しんだり英字新聞に目をとおしたりと、特に仕事に追われているわけではなかったが、
無理に理由を聞き出すのが気をひけたのかはたまた単に人が悪いだけなのか
亀山の悩みを聞いてやろうという素振りは一切見せない。
いつもなら、そんな右京の態度にしびれをきらせて
亀山のほうから泣き付く姿が見られるのだが。
だが、当の亀山もそうすることはなく、じっと机にむかっているだけだった。
じろじろと隣の部屋からこちらをうかがってくる不粋な視線も、
今日は何も起こりそうにないとあきらめたのか、
退社時刻をまわるとちらほらと人影も少なくなっていった。
「ふぅ...」
読書にいそしんでいた右京が、読み終えた洋書から目をあげた。
気付けば、日はとうに暮れていて隣の部屋もすっかり無人になっていた。
だが、亀山はまだひとりでうなっていた。
朝からずっとこの調子で、よく飽きないなとひそかにため息をつく。
しかし、この感情ストレート男がここまで悩むとはよほどのことだ。
彼のほうから話す気になるまで放っておくつもりだったが
このままでは本当に徹夜までしてしまいそうな様子だ。
さすがにそれはさせられないと思って、右京は仕方なく亀山に声をかける。
「亀山クン。そろそろ僕も帰らせていただこうかと思うのですが」
しかし亀山は、ウッスと小さく答えただけで動こうとはしない。
右京は軽く肩をすくめて、書類棚の上段からティーセットを一客とりだし
紅茶を注ぎだした。
部屋が紅茶の薫りで満たされたころ、亀山がようやく顔をあげた。
「あれ。帰るんじゃなかったんスか?」
帰ると言ったのに、これではむしろ居座りモードだ。
喉が乾いたからなのかとも思ったが
この右京が、せっかくの紅茶をがぶ飲みして帰るなんて、想像つかない。
右京は紅茶の薫りを楽しんでカップに口をつけると、
亀山のほうに目をやって、苦笑した。
「そうさせていただきたいのは山々なんですが。
 そんな状態のキミを置いたまま帰ってしまったら、どうも寝覚めが悪そうで」
「あ...」
亀山は、ふっと目をそらすと、言おうか言うまいかしばし悩んだ。
どうやら悩みの原因はほかでもない、この右京にありそうだ。
だが亀山は意を決したようにこぶしを一度かたく握り、右京に向き直った。
「う...右京サンっ!」
「はい?」
「お、俺、美和子のことが好きなんですっ」

....................................。

しばし、無言の時がながれる。
「いまさら何を言いだすかと思えば...」
右京はこめかみをおさえた。
「ま、まじめに聞いてくださいよっ!」
思わず声を荒立てた亀山に、右京はあらためて向き直る。
「まあ、そうでしょうねぇ。キミと美和子さんは大学時代からの付き合いだと聞きましたし。
 同棲までしてまだ関係がつづいているのは、
 お互い生半可な気持ちじゃ、できませんからねぇ」
「でも...っ」
亀山は、一度うつむいたが、すがるような目で右京を見上げた。
「右京サンも好きなんです」
右京は、少し驚いて目をまるくした。
「それはそれは」
その台詞を否定することも何もせず、ただ中指で眼鏡を軽くあげる。
右京も亀山の台詞を聞いて、悪い気はしなかった。
もはや、単なる職場の同僚という関係ではなくなっていた。
身体を重ねたこともたびたびあるくらいだ。
しかし、話の流れから亀山の言わんとしていることが読み取れない。
急に美和子の名をだしてきて、どういうつもりなのだろうか。
「...それで。いったいキミは、何を悩んでいるというのですか?」
「...どっちの気持ちも、嘘じゃないんです。俺、美和子のこと好きだし、
 だけど右京サンに対して感じるこの気持ちも、たぶん好きって気持ちだろうし。
 俺だって、いろいろ悩んだんスけど、やっぱり好きって言葉が一番しっくりくるような...」
「つまりキミは、同時にふたりのヒトを好きになってしまい、
 ある種の罪悪感を抱いていると...。そういうわけですね?」
「...はい」
「ふむ...」
右京はぬるくなった紅茶を飲み干してカップを机の上に置き、
窓側へと移動して外の景色に目をやった。
「...こういう場合、やはり尋常でない恋をしているほうが、身をひくべきなんでしょうかね......」
「うっ、右京サンっ!」
イキナリ何を言い出すのかと思って、慌てて立ち上がる。
だが、窓際に立つ右京は、何故か穏やかな顔をしていた。
「亀山クン」
「は...はい」
「キミは本当に、自分に正直なヒトですね。好きなヒトがふたりになったからと言って、
 まあ浮気をする人間はいてもそこまで悩むヒトは、そうそういないと思いますよ」
「うっ...。やっぱ、浮気っスか......」
「でも」
傷ついたふうなふうなリアクションをする亀山を横目で見ながら、言葉を続ける。
「でも、キミはそのままでもかまわないと思いますよ?
 キミのその気持ちに偽りがないと言うのなら、僕はそれもかまわないと思うんですがね。
 やっぱりキミは、自分の気持ちに正直に生きるのが一番性にあっているだろうし」
「右京サン...」
「それに」
こちらを向いた右京は、少しはにかんでいたように見えた。
「亀山クン...」
「はい」
「僕もね、潔く身を引こうと思うほど、欲のない人間ではないのですよ」
「え...」
亀山は一瞬、我が耳を疑った。
この台詞は、まるで...
「皮肉なものですね。恋人のいる、しかも男相手に、知らずのうちにここまでのめりこんでいたとは.....」
「右京サン」
亀山は、惹かれるように窓際へと近づいた。
自虐じみた言葉を口にするくせに、なぜか彼をとりまく空気はいつも以上に穏やかで。
「...右京サン」
「はい?」
「キス...しても、いいですか?」
しばし、見つめあう。
そして右京が、困ったように笑みを浮かべた。
「いちいち聞くなんて...。野暮なヒトですね、キミは」
亀山が肩に触れると、右京も目をとじる。
壊れ物を扱うかのように。
もしくは、神聖なものに触れるかのように。
やさしく、口唇を重ねる。
この気持ちはごまかしきれないほど確かなものだと、改めて確信しながら。


「もしキミが...」
「はい?」
キスの合間に右京が亀山の頬に手を触れて、そっと囁いた。
「もしキミが、美和子サンをふって僕を選ぶだなんて言っていたら、
 僕はキミをブン殴っているところでしたよ」
「あ...あはははは....」
そりゃ怖いなぁとつぶやいて
でもその言葉にどこか嬉しさを感じて
また口唇を重ねていった。

スミマセン。全て電車の中で書きました(爆)
公共機関の中でひたすら携帯を打ち続けているわたしは
いったいどんな顔をしていたことでしょう...(顔に出るタイプ)
世間サマの『右京サン可愛スギるぜこんニャロv』ブ−ムに煽られて
亀山×右京(王道)でした。いかがでショ。
てゆ−か、やっぱ浮気だよねぇ−(苦笑)
美和子サンもひっくるめてらぶらぶ−ってのが理想なんですが(欲張り)
わたし個人的には、やっぱ右京サンにも
亀山クン(ちょこっとでも)好き光線を放っていただきたく(どんなだ)
と思って書いたら、思った以上にバカップル(暴言)になってしまいました。
ひたすら亀山クンがうらやましい限りです。
こんニャロ。