口実キャプション
「ふわぁぁぁ...。さ〜て、昼からもぼちぼちといきましょうかねぇ−」
昼休みも終わるころ。
亀山はあくびをかみ殺しながら、自分の部署の部屋に帰るところだった。
が。
生活安全部の入り口で、ひとりの人物が立っていた。
「...げ」
それはちょっと、いやかなり会いたく無い人物。
亀山は『無視!』と心の中で誓って、目を合わさないように中へ入ろうとした。
その人物は、(おそらく)ニヤけた顔で、後ろをついてきた。
「オイ。『特命係』のバ亀山!」
...誓いは、一瞬にして崩れ去った。
「くぉら!!『特命係』に加えてなんか一文字余計なんだよっ!しかもわざわざ太字にしやがって...」
わざわざいつも通りに声をかけてきたのは、天敵・捜査一課の伊丹だった。
「おや。一文字だけ小さくしたハズなのに、自覚してるから聞こえたのかねぇ〜」
「....ンだと〜〜。だいたいテメェ、こんなトコまで何しにきた!
捜査一課とはほっっとんど関係ないトコロだろ。からかいにきただけなら失セロ」
「あ、いいのかな〜。わざわざこんな辺鄙なトコロへきてやったのに、そんな口聞いて」
「...悪かったな、ヘンピでよ。んで、何なんだ?いったい」
「コレ、な〜んだ」
伊丹は腹からス−ツの下に手をつっこんで、中に隠し持っていたひとつの書類封筒をとりだした。
「...なんだ?」
「『モンスタ−強盗』の調書のコピ−だ。しかも、5回目の事件の」
「マジで!?」
「せっかくくれてやろうと思ってたのになぁ−。そ〜んな態度じゃなぁ〜。
......!?」
一瞬、伊丹の目の前が真っ暗になって、身体が固まった。
すると亀山の手が、伊丹の額にあてられていた。
「あ−熱は...っと。....ん?ちょっと熱いな」
「あ−もうっ!熱なんかねぇよっっ!!」
伊丹は亀山の腕を振り切ると、その手でネクタイを少し緩めた。
「っったく。で。いるのか?いらねぇのか!?」
「ま、もらえるもんはもらっとくけどよ。
じゃ、いただきま..........」
封筒と取ろうと手を伸ばしたが、掴もうとした瞬間に封筒を引っ込められた。
何も掴めなかった手が、淋しそうにわきわきしている。
「ムッ。なんなんだよ...」
「はっ。『特命係』の亀山クン。ま・さ・か、タダでもらえるなんて思ってないだろうな?」
「だから!『特命係』は余計だっつ−の!!は?タダでくれるんじゃねぇのかよ」
伊丹は呆れた顔をして、人さし指を口の前で動かして、『チッチッチッ』と音をたてる。
「甘いなぁ−。世の中『フィフティ/フィフティ』だろ。...ほれ」
封筒を持っている手の反対側の手の平を、亀山に向ける。
「....なんだ?」
「ほれ」
「だから、なんだっつの!」
「金だよ。金」
「あ−−!?テメェ警察ともあろうものが、署内で買収しろってのか!できるかバカヤロウ!!」
「バカヤロウはどっちだ!!!誰が買収なんてするっつったよ!!!!
あの一件の時のパン代。まだ全額もらってねぇぞ」
「はぁ〜〜〜〜〜!?」
伊丹の言ってるパン代というのは、きっと『モンスタ−強盗』で一緒に張り込みをするハメになった時に
伊丹から購入した、あのパンのことだろう。
亀山に思い当たるのは、それしかなかった。
しかし...
「...あの金は、あン時に渡したハズだろ」
「バカ。足りねぇって言ったろ」
「バ−カ。まけとけって言ったろ」
む〜んと、ふたりの間に険悪な空気が流れる。
だが、今回は伊丹のほうが余裕があった。
「ま、俺は別にかまわないんだぜ?別にこの調書がいらねぇっつ−んならな!」
「ぐっ......。いちいちセコいんだよ、テメ−は」
「ふふん!いるのか?いらねぇのか?いらねぇのなら....」
「で、亀山クンは何のパンをご馳走になったんですか?」
伊丹の後ろから、冷静な声が聞こえた。
「おわあああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「あ、う...右京サン!お...おかえりなさい」
驚いて飛び退いた伊丹の後ろにいたのは、亀山の上司・杉下右京であった。
「け...気配もなく背後に...。いったいいつからいたんだ...ι」
鼓動を沈めようと息を整えながら、小声でつぶやいた。
「大方の話は聞かせていただきました。立ち聞きは、失礼でしたか?」
「Σ聞こえてるし!!」
「で。亀山クンは、何のパンを食べたんですか?」
右京は調子を崩す事なく、いつもの淡々とした調子で亀山のほうを向く。
「あ−...っと、ジャムパンです。あ、○○屋の。
俺はいらないって言ったんスけどね。コイツあんぱんとジャムパンの両方を隠し持ってて。
あまりにしつこいから、その場で持ってた小銭を払ってやったんですが、足りなくて...」
「キミは、その時いくら払ったんですか?」
「えと、自販機で缶コ−ヒ−を買ったときの釣り銭だから、80円です」
「そうですか。では...」
右京に振り向かれて、伊丹はドキッとする。
別にやましいことをしていたわけではないが、こう面と向かわれるとどうも苦手だ...。
右京はそんな伊丹の様子を気にかけるわけでもなく、淡々の喋りだす。
「おそらく、あの状況そして深夜ということもあり、そのパンはコンビニで購入されたものでしょう。
たいていのコンビニは、定価で販売されています。
○○屋のジャムパンの定価は90円。消費税を計算すると94.5円→95円。
そして亀山クンはあなたに80円を支払っているわけですから、差額は....」
電卓を使うこともなく、すらすらと計算を言ってのけると、ス−ツの内ポケットから財布をとりだし
金を伊丹の手のひらにのせる。
「お釣は、いりませんので」
「...釣りはいらないって言われても......」
「...15円ピッタリじゃないですか、右京サン......ι」
「では、この調書はいただいていきますね」
手のひらの小銭に気を取られていた伊丹は、あっさりと右京に封等を奪われた。
右京は軽く会釈をすると、スタスタと特命係の部屋へ入っていく。
「あ...!待ってくださいよ。右京サン!」
そして亀山も右京のあとを小走りで追いかけていった。
ぽか−んと取り残された伊丹は、はっと我にかえる。
「はっ!してやられた!くそぅ!
やはりあの男、手強い....」
いったい何を狙っていたのか、その場でじたんだをふむ。
そして悪態をつくと、踵を返して部屋を出て行った。
しかし、廊下に出たところでふと立ち止まり、先程の額の感触を思いだす。
「...アイツ、けっこう手デカいんだな......」
「...まったく。敵は身近なところにひそんでいるものですね」
右京は眼鏡をふきながら、ため息をつく。
「あ?何か、言いました?」
亀山は自分の机に調書のコピ−を広げて、読むのに集中していたせいか右京の言葉を聞き逃したようだ。
「いったい彼は、何のつもりで我々に調書を与えに来たんでしょうねぇ」
「さ〜。パン代が欲しかっただけなんじゃないッスか?ホラ、やっぱりアイツはセコいだけなんですって。
顔に似て!あはははは」
「パン代の差額を請求するだけなら、別に調書なんていらないでしょう。
借りのあるのは、こちらなんですから」
「あ...そっか。ま、でも、事件を解決したのはこっちなんだし、今回はアイツも失態をしてたわけですから
ちょっと後ろめたかった気持ちも、あるんじゃないですかねぇ」
「は−。本当にキミは、おめでたい性格ですね」
「むっ。ど−ゆ−イミですか、それは!」
右京は盛大にため息をつくと、眼鏡をかけなおして亀山に近付く。
「こちらが彼らに借りをつくる事はあっても、彼らに貸しをつくるのは、あまり感心しませんね。
いざという時に、こちらが不利になることもある」
「あ...ハイ、スミマセン....」
「それにしても、今回はふたりで行動していたのは知っていましたが
まさか車のなかでふたりっきりでいるとは...」
「うっ...」
右京の声色が微妙に変化したような気がして、亀山が固まる。
「僕はその間、モンスタ−強盗の事件現場を必死で歩き続けたというのに」
「あ...あの、右京サン....?」
「なのに深夜で密室でふたりっきりで、楽しくパンを食べて夜を明かしたとは」
違うと言える部分はひとつもないのだが、あまりに言葉にトゲが多すぎる。
「う、右京サン。誤解ですってバ!俺たちはただ、偶然、ホンッットに偶然!
目的が一緒になっただけで、張り込みしてただけですって!」
「ええ。それくらい、解ってますよ。でも.......」
瞳に冷たい炎を燃やして、右京はさらに亀山に近付く。
何やら嫌な予感がして亀山は後ずさろうとするが、狭い部屋では逃げ場もなく。
「...亀山クン」
「は...はひ.....ι」
「.....今夜は、逃がしませんよ」
低く耳もとで囁かれて、背中にゾッとしたものが走った。
「う...右京サ−−−ン!!!(泣)」500Hitリクエスト『伊丹サンと亀山クンの掛け合い』でした。
タカさんにお送りします。ありがとうございます(^^
さて、伊丹サンを初めて書いたわけなのですが
どこか彼を間違って解釈していたならゴメンナサイ(苦笑)
だけど第8話で、ふたりのキョリは急速に縮まっていったと思うのですが。
しかも右京サンのいないところで(妄想)
これからもふたりの絡みが見逃せませんね。
でも、右京サンもまけるな−!