蛍光灯のスイッチを切り、お気に入りのレコ−ドをかける。
部屋に残された灯りは机の上の照明と
そして部屋の隅で色とりどりの電球で飾られている小さなクリスマスツリ−と。

今夜はクリスマス・イヴ。

朝から降り続くあいにくの雨も
この特別な夜に盛り上がる恋人たちにはなんともないのだろう。
階下の街で繰り広げられているであろう様子を思い、右京は微笑を浮かべた。

この小さなツリ−がなければ、こんなふうに思いを馳せることもなかったのかもしれない。
いつの頃からか、毎年この時期になると飾られるようになった。
確か亀山がどこからか入手してきたものだ。

『ちいさくても、雰囲気出るでしょ?』

そう言って子どものように顔を綻ばせ、いそいそと設置していた彼を今でも覚えている。
そんな彼も今頃は、恋人とともに食事でも楽しんでいることだろう。

椅子に深く腰をかけ、目を閉じ曲に耳を傾けた。



「うきょ〜サン♪」


ぱちりと目を開けた。

彼の声が聞こえた気がする。
思考の続きで夢でも見ていたのだろうか。

部屋中を眺めると、確かに入口に彼は、居た。
「よかった。やっぱりまだココに居たんですね」
隣の部屋から中を覗き込むように顔だけこちらに向けている。
右京はくつろいでいた姿勢からもう一度椅子にかけなおし、亀山のほうを向いた。
「どうかしたんですか。こんな夜中に戻って来て」
「へへへ。......じゃ−ん!」
後ろ手に隠していたものを披露する。
片手にはケンタッキ−の袋と、もう片手にはシャンパンの瓶。
「差し入れです♪」
持って来た本人のほうが嬉しそうに机の上に並べはじめる。
冷めないうちに食べましょうという彼に右京も同意し
レコ−ダ−を停止させて、机の向かい側へと移動した。

「よく僕がここに居ることが解りましたね」
唐突に訪ねると、鶏肉を頬張りながら視線だけこちらを向けた。
「ああ。実は一度行ったんですよ。右京サンのマンションの前まで。
 そしたら部屋の灯りがついてなかったから、もしかしたらまだ居るのかな−と思って。
 ここに来る途中についでにコレも買って来たんですよ」
せっかくのクリスマスですしね、と付け加えて再びかぶりつく。
「ですが、もしかしたら『花の里』に居たかもしれないじゃありませんか」
「そしたら諦めてそこまで行きますよ。あ、でも、それじゃコレが無駄になっちゃうか」
「さすがに食べ物を持ち込むと、彼女も黙っていないでしょうしねぇ」
そんな様子を思いながら笑みを浮かべ、右京も同じようにかぶりつく。
「今日も行くつもりなんですか?」
「そんなに毎日行っているわけではありませんよ」
「あ、そうですか」
「そういうキミこそ、こんなところに居ていいんですか?」
「ほへ?」
「せっかくのクリスマスでしょう。美和子さんといっしょに居てあげなくても良いんですか」
「ああ...。今年は仕事で忙しいんだそうです。
 普段は『たまにはディナ−に連れてけ!』だの散々言ってくるくせに
 こ−ゆ−時に限って仕事仕事って」
少々トゲのある言い方をしながらコ−ラをすすった。
この様子では、亀山のほうは少なからずとも楽しみにしていたのだろう。
なんだかんだ言いながらもお互い仲良くやっていることに微笑ましさを感じて
右京も烏龍茶をひとくち飲む。
「お仕事とは...、先日の武蔵野青木外科医院での事件の記事ですか」
「ええ。なんたって他所を出し抜いてダントツでトップ飾りましたからねぇ。
 これから年末にかけて特集組むらしいですよ。
 まったく、誰のおかげでスク−プとったと思ってるんだか」
「そのことに関しては、少なからずキミにも非があると思いますが。
 警察官が新聞記者にネタを流しているなんて、バレればタダではすみませんよ」
「うっ...」

ふたりでぺろりと6ピ−スを平らげ。
一服がてらに火を付けた煙草もそろそろ終わりかけるころ。
「あ!そうだ右京サン。シャンパン飲みましょう!せっかく買って来たんだし」
おもむろに亀山が立ち上がった。
「...キミは、ここで開封するつもりですか」
「え....」
「普段我々が職務を遂行する場所で不謹慎にも飲酒行為をするつもりなのですか」
厳しい目つきで見据えられる。
やっば〜と心の中で呟き、少し調子に乗り過ぎたことを後悔した。
「...と言いたいところですが」
「は?」
「今日は特別な日です。無駄にしたところで勿体無いだけですし。いただきましょう」
「そうこなくっちゃ!あ、俺やりますよ」
右京の態度がやわらかくなったところに嬉々として立ち上がる。
もはや食器入れと化している書類棚に寄り、奥からそっとグラスを取り出す。
決して高級なものとはいえないそれだが、今はそれでじゅうぶんだ。
「お。そうだ」
再び部屋の隅へ行き、今度は配線をいじりだす。
振り向いた手にはあの、クリスマスツリ−。
それを机の上に置き、部屋の蛍光灯を消した。
ふたりの間で小さな光が幻想的な空間をつくり出す。
「なかなかム−ド出て来たでしょ?」
「そうですね」

  シュポン。

良い音とともに栓が宙を舞う。
琥珀色の液体が目の前のグラスを満たしていく。
その向こう側にちかちか光るイルミネ−ションを、魅入るように覗き込んだ。
「右京サン。メリ−クリスマス」
「メリ−クリスマス」
穏やかな空気がふたりを包み込み、見つめあいながら乾杯した。


瓶の中身もそろそろ尽きようかというころ。
ふたりは寄り添いあい、窓辺に立ち街を見下ろしていた。
「雨、だいぶ小雨になってきましたねぇ」
「夜更け過ぎには雪にかわりませんかね−」
昔流行った歌のフレ−ズを持ち出してきた亀山に、右京は笑みを浮かべた。

手はさりげなく腰にまわされ
右京も身体を彼に預けている。

「僕はキリスト教を信仰しているわけではありませんが....」
「はい?」
「今日という日は、何故だか神聖な気持ちにさせられますね」
「そんな『神聖な日』に単にいちゃついているだけの恋人たちは
 いささか不謹慎....ですか」
「それでも何事もなく忘れ去られてしまうくらいならば
 どんな形であっても人々の心の中に染み込むのであれば、それも良いのかもしれませんね」
「神様の愛はみんなに平等らしいですからね」
「それでも僕たちのような非生産的な愛に対しては否定的ですが」
少し皮肉っぽく自虐的な言葉を漏らす。
その顔は穏やかさを失ってはいなかったけれど、その真意を計る事はできなくて。


亀山は身体を抱いている手に力を込めた。
「だったら、ふたりで堕ちてみます?
 神の手の届かないところまで。ずっと深いところまで」
見つめる瞳に欲の香りを感じ、右京もまた瞳を細めた。
「...それもいいかもしれませんね。
 反逆者の烙印を押されても、キミとふたりで居られるのなら.....」

求めるように頬に手を伸ばし、引き寄せると熱い口唇が舞い降りてくる。
その熱さに軽く目眩を感じながら、それでももっと熱を感じていたくて。



聖なる夜は愛しあう者のために、静かに流れていく。
ちいさなクリスマスツリ−は罪を重ねるふたりをも祝福するかのように
いつまでも煌めいていた。




Merry Christmas for.......




2003年のクリスマス用にアップしていたSSの再録です。
1stの時にお正月とバレンタインはイベントネタでSSを書いたのに
クリスマスは(おんぶに浮かれて)書かなかったなぁと思い
今期は思いきって書いてみました♪
ちなみに背景の素材も自作ですv
思いっきり素人モノですが。
ロケ地はその前の年に社員旅行で行った九州だったかと(笑)

しかし右京サンも特命係の部屋をかなり私物化してますよねぇ。
コンポ置いてあるし(笑)
テレビでも自宅へ帰らずに
特命の部屋で考え事をしていたシ−ンがありましたし。
(あれは夜勤だったの??)