ブランデ−ボンボン

昼休みが終わって部屋に戻ると、いつもは先に帰っているはずの右京がいなかった。
「あれ。まだなんだ。めずらしいな」
少し怪訝に思ったが、たまにはそんなコトもあるだろうと
あんまり気にしないでいる。
そして、いつものように食後のコーヒーを楽しもうとサーバーに近づいた。

だが、見慣れないものがふと視界に入った。
右京の机の上に、食事に出かける前にはなかった(であろう)ものが目についた。
「ん?なんだコレ」
上品な白の包み紙に
決して存在を誇張しすぎていない金のリボン。
その小さな箱は、亀山を動揺させるには十分だった。
机の脇に置かれている卓上カレンダーと綺麗にラッピングされた箱とを見比べる。

本日はバレンタイン・デー。

貼られているシールからして、中身は間違いない。
つまりは、誰かが右京にチョコレートをプレゼントしたということで。

右京に想いを寄せる誰かが、いるということで。

「いやっ、まてまて。隣の女性陣からの義理チョコかもしれないし....」
本当の義理チョコなら、自分にも回ってきてもおかしくないハズ。
だが今の今まで今日がバレンタイン・デ−だということに気付かなかったほど
亀山は朝からひとつもチョコレ−トを頂いていないのだ。
ということは.........。

一度思考が悪い方向へ向かいだすと、修正は困難になる。

しかし右京だってもてないわけではない。
むしろ、あの自然な紳士風の立ち振る舞いは女性の心をくすぐるもの......らしい。
もし誰か、右京に言い寄ってくる女性がいたとしたら.....。



「.....隠しちまおうか」



ぽろっと本音がこぼれた。






だーっ!ばかばかばかばか俺のばかっ!
 なんてコト思い付いてんだッ。そんなコトしたって、右京サンに嫌われるだけだろうが−!!」
頭をぽかぽか自分で殴りながら
自己嫌悪に打ちひしがれて、その場に座り込む。

「いよっ!ヒマか?」


 ドッキ−−−ン★


突然声をかけられ、心臓が飛び出しそうになって立ち上がる。
振り返ると、空のカップを持った角田課長がいた。
「な....なんだ課長か。脅かさないでくださいよ〜」
まだバクバクいってる心臓を押さえながら、安堵の息をつく。
「『なんだ』とは御挨拶だな。あ、コ−ヒ−もらうぜ♪」
「あ−ハイどうぞ」
なげやりな態度の亀山の前を、いそいそと通る。
「ん?なんだこりゃ。チョコレ−トか」
角田課長もコ−ヒ−サ−バ−に近付いた際に、机の上の箱に気付いたようだ。
「へぇ〜。こりゃまた高級そうな包みだな。どれどれ」
興味津々に、箱へと手を伸ばす。
それを目撃した亀山はギョッとして、とっさに机と課長の間に身体をすべりこませた。
「わ−−−!!ダメッ!!!触っちゃ...ダメです....!」
「おわっ!な、なんだぁ?」
驚いた課長が腕をひっこめる。
だが、一番驚いているのは止めに入った本人だった。
自分でもどういう思考で動いたのかわからない。
先程ぽろっとこぼれた本音からの罪悪感なのだろうか。
あれこれ考えていると、課長が不振な目でこちらを見ているのがわかった。
「.....な、なんスか?」
「あやしいな。なんで隠すんだ?」
「かっ、隠してなんて....ませんよ」
別に嘘をついているわけではないのだが、妙にドギマギする。
探るような視線が、妙に痛い。
「あっ。まさかお前.....」
「........っ!」

『まさか』....さっき自分がチョコに手を出そうとしたコトがバレたのでは...!?

「コレ、お前から杉下へのプレゼントか!」
「ンなわけないじゃないッスか!!!!」
とんでもないコトをへろっと言われて、思わず力いっぱい言い返す。
「みっ、耳もとでそんなデカイ声出すな!冗談にきまってんだろっっ!」
「....あ、じょ、冗談で......すよね。あはははは....」
「ったく」
耳を塞ぎながら悪態をつくと、さっさとコ−ヒ−を注いで
ぷりぷり怒りながら部屋を出ていった。

もしこれが、本当に自分から右京へ渡したものだったとしたら
これほど焦ることもないのだ。
いや、この送り主が右京に何の他意もない
本当に義理だけでチョコを渡すような相手だったら。
チョコレ−トひとつで、何をこんなに困惑しているのだろう。

....自分がこんなにも、嫉妬深い人間だとは思わなかった。

亀山は、ぽりぽりと頭を掻いた。
そして自分がまだコ−ヒ−を入れてなかったことに気付いて
気を紛らわすためにサ−バ−に振り向いた。

すると、隣の部屋から課長が『おかえり』と声をかけたのが聞こえた。
慌てて顔をあげる。
予想通り、右京だった。
「すみません。少し遅れてしまいました」
いつもどおりの微笑で、軽く会釈をして入ってくる。
「あ、お...おかえりなさい」
少し落ち着きかけていた心臓が、また大きく鳴りはじめた。
右京もまた、いつもどおりに食後の紅茶を楽しむために
もはや右京の私物置き場となってしまっている書類棚から、紅茶の葉をとりだす。

あの包みには、目もくれずに。

隠そうともせずに。

あまりに右京の態度がいつもどおりすぎて、
逆に包みの件には触れてはならないものかのように錯覚してしまう。
堂々と机の上に置かれているのだから、別に訪ねても不自然ではなかろうに。
ぎこちなくコ−ヒ−を飲みながら、右京の動作を伺った。
しばらくして、優雅な香りが部屋を満たす。
右京は大きく息を吸い込んで香りを楽しんで、満足そうにカップを口につける。
そしてカップを手にしたまま、自分の席についた。
(あっ....!)
綺麗に整理された机にティ−セットを置くと、おもむろにあの包みを解きはじめた。
はらりと舞い落ちる金のリボン。
何のためらいもなく開かれる白い包装紙。
(....右京サン、あのチョコの送り主知ってるのか....)
その表情は、むしろ包みを解くのが楽しいと言わんばかりで。
その様子を眺めていると、なぜか気分が沈んでいった。
重いため息が漏れる。
勘付かれないように、コ−ヒ−をすすって誤魔化しながら。
そして箱を開けるまでに至った右京は、笑顔を隠さずに亀山に声をかけた。
「亀山クン、ひとついかがですか?」

 Σブッ!

思わずコ−ヒ−を吹き出しかけた。
「いえ。結構です」
半ば意地を張って断る。
そもそもバレンタイン・デ−に、好意をよせる人から『貰いものの』チョコをもらう男なんて
シャレにならない。
「おや。甘いものは嫌いでしたか?」
どうしてこのヒトは、そんな男ごごろ(?)を解ってくれないんだろう!
「そ−ゆ−わけじゃ、ないですケド....」
「残念ですねぇ。ココのブランデ−ボンボンは美味しくて有名なんですが」
そう言うと、ひとつ手にとって口へと放り込んだ。

「あっ!!」

食べた。
たべた。
食べた−−−!!!!

もちろんブランデ−ボンボンは食べるために開けられたのだが。
だが、その行為を目の前でされたのは少なからずともショックだったわけで。
食べた瞬間、思わず右京を凝視してしまった。

「.........................なんて顔してるんですかキミは」
「へっ!?」
呆れ顔で呟かれて、我に返った。
「いっ、いえいえいえ!なんでもありません!!」
顔をそらして自分の机にむかう。
いったいどんな醜い顔をしていたことだろう。
頬に手をあてて顔をむにゅむにゅしてみる。
「いったいどうしたというんですか」
明らかに挙動不信な亀山に、ため息まじりに呟く。
「言ってくれないと、わかりませんよ」
うぅ....と小さくうめいた。
ここまで引きずってしまうと、なぜかなかなか言い出しにくくなってしまって。
しばし言い淀んでいると、右京がふいっと顔をそらした。
「まぁ、無理に聞き出すつもりはありませんが」

........あぁ。

俺は右京サンのこの台詞に弱い。
その言い方が(本人はそんなつもりじゃないのかもしれないが)
どこか淋しそうに聞こえるのだ。
なぜだかそんな顔をさせてしまったことに、罪悪感を感じてしまって...。

「あっ、あのっ!」
目をあわせられぬまま、でも覚悟を決めて声をあげた。
「はい?」
「その、チョコレートのことなんですが」
「....はい」
「や、えと、それは誰にもらったのかな〜って気になっちゃって。
 あは、あはははは...........」
おどけたふりをしてもから笑い。
その後の少しの沈黙が、大きく亀山を後悔させる。

やはり、変に思われただろうか。




「....く、くくくくく...........」

突如、右京が笑いをこらえはじめた。
顔をあげて右京を見ると、顔を伏せて肩を震わせている。
めったに見られない、いや、もしかすると初めて見るかもしれない右京の姿に
ぽか−んとなってしまった。
「ちょ...ちょっと、右京サン!?」
「....くくく。あ、いや、失礼.....」
謝りながらも油断すると漏れてしまいそうな笑いを必死にたえる。
「もしかして、これの送り主が気になって、先程から落ち着きがなかったのですか?」
「うっ。....そ、そうですよっ!悪いですかっ」
笑われてヤケになって開きなおる。
やがて右京は落ち着きを取り戻すと、改めて亀山に向き直った。
「いいかげん白状しましょう。このチョコレ−トは美和子さんから頂いたものですよ」
「ほえ!?」
美和子!?
「ほ...ホントっすか!?」
「本当ですよ。ご丁寧にメッセージカ−ド付きでした。......ほら」
机の隅に置いていた小さなカ−ドをめくると、文面を亀山のほうへ向けた。
そこには、美和子の直筆で
 『いつも薫ちゃんがお世話になっております。 奥寺美和子』
とだけ書かれていた。
明らかに、義理とわかる文章。
「なので先程まで、記者クラブまでお礼を述べに行っていたんです」
「な....なんだ。心配して損した〜〜」
脱力して、机の上に倒れ込む。
「おや。何を心配していたんです?」
右京のツッコミに、ギクリと身体が強張る。

まさか、言えるはずもない。
嫉妬に駆られていた自分の姿なんて。

なのに。
「チョコひとつにヤキモチを焼くなんて、キミもなかなかカワイイところがありますね」
「なっっ!!!」
どうやら右京には、すべて見透かされてしまっているようで。
右京は、焦る亀山に微笑を送りながら、机に向きなおる。
そして脇にあった新聞を手にとり、広げた。
「あ、そうそう」
もうひとつチョコを口に入れながら、右京は手招きをした。
「え?なんスか?」
それにつられて、立ち上がり右京の机へと近付く。
新聞を覗き込もうとしたとき、おもむろにジャケットの襟をつかまれ引き寄せられた。
「おわっ!!」
バランスを崩して、机と右京の座る椅子に手をつく。


やさしく触れた口唇。

そして、口移しで与えられた甘いかたまり。

気付いたときには、超至近距離に右京の顔。



「...僕からの、気持ちです」
少し照れたように、ふんわり笑った。
「それとも、頂き物のチョコでは、満足できませんか?」

一瞬、何が起こったのか理解できないままで。

半ば放心状態のまま、ぼそりと呟いた。
「.......いえ、満足ッス」






噛み砕くと
甘いチョコの隙間から
ちょっぴり辛い魅惑的な味がした。

ちょっぴりほろ苦いバレンタイン・スト−リ−でした。
なんだか、亀山クンと右京サンの関係が微妙になってしまったのですが(苦笑)
激甘らぶらぶも好きなんですが、初々しい(?)ふたりも好きなんですよv
どこか新鮮で(笑)
時期設定はてんでバラバラかもしれませんね(汗)
てゆ−か、このふたりは
義理チョコもらうか何かのキッカケでもない限り
今日がバレンタイン・デ−だということに気付かぬまま
一日が終わってしまってそうな気がしました...。
(まぁ、歳が歳だし....)

やっぱり右京サンのほうが亀山クンを好きなのかな?
とかちょっと疑ってみたり。
(自分で書いておきながら/笑)