時(とき)

世の中一般的に、偉い人ほど高いところに居たがるものだ。
そんな気分を配慮してなのか、この部屋も高いところにある。
警察庁・官房室。
右京はそんなことをぼんやり思いながら、外の景色を見下ろしていた。
「座ったら?」
「いえ、ここで」
部屋には今、小野田と右京のふたり。
時間になっても現れない亀山の出勤を待っているところだ。
だが、苛々した空気も彼を責める雰囲気も微塵もない。
ゆったりとした時間が流れている。
「遅いねぇ」
「おおかた、服装を選ぶのに手間取っているんでしょう。あなたがからかうから」
「俺はお前の偏った考え方はどうかと言っただけだよ。
 自分を貫き通す人間なんてそうはいないさ」
「そのようですねぇ...」
「彼にそこまで求めるのはちょっと酷だとも思えるけどね」
「別に押しつてけてなどいませんよ。ただ僕が勝手に期待しているだけでしょう」
「彼の場合、それが重荷にならなきゃいいけどね」
安易に想像できて、思わず笑いが漏れた。
いつでもひたむきな、まっすぐな瞳。
今頃は必死に走ってきているところだろうか。
意識が亀山の姿に入り込もうとした時、背後にただならぬ気配を感じて右京は後ずさった。
振り返れば、いつのまにか小野田がすぐ傍に立っていた。
「......なんですか?」
ものすごく不信に満ちた視線を送る。
「ああ、気付かれちゃった。今ならスキがあると思ったんだけどな」
「何のつもりですか」
「いや、ふと思いたってね」
小野田の企んでいた行動を察知して、眉間に皺をよせる。
「.......解ってるんですか。勤務時間内ですよ」
「相変わらず堅いなぁ。暇なんだからかまわないじゃない。俺とお前の仲なんだから」
「関係ないでしょう、そんなことは」
「つれないなぁ」
そんなやりとりをしながらも、小野田はじわりじわりと距離を縮めてくる。
追い詰められて右京の背中が壁にあたった。
逃がさないと言わんばかりに、顔のすぐ傍に腕が伸ばされる。
「もう後がないよ。どうする?」
「どうもこうも....」
「抵抗しないと、どうなっても知らないよ」
にやりと意味深な笑みが浮かぶ。
そして腕がのびてきたので、とっさに身構えた。
「.....っ!やめ....っ」
「すみません!遅れましたぁっ!!」
その時勢いよく扉が開いて、亀山が飛び込んできた。
だがすぐに、視界に入り込んできた光景に固まる。
「あ...えーと..............」
壁ぎわに追い詰められてる右京。
相手は官房長。
ふたりは15年来の付き合い。
そして部屋にはふたりきり。
この構図。
etc...。
いろんなキーワードが頭の中を高速でよぎっていく。
そして。
「し、失礼しましたっ!」
ばたんとドアの閉まる音の後に、ばたばたばたと大きな足音が遠ざかっていった。
「ホント、タイミングいいよね。彼」
「...................」
右京は目眩でも起こしそうな気になって、こめかみを押さえる。
「だから、冗談の通じない相手だと言ってるでしょう」
小野田は悪びれるでもなく、肩をひょいっとあげた。

亀山は公園にいた。
全力疾走してきたのだろう。木の下であがった息を整えている。
「亀山クン?」
声をかけられ、亀山の身体が強ばる。
「...あ、すいません。急に飛び出しちゃって......」
苦笑いしながらも、目をあわせようとはしない。
やっぱり誤解しているだろうと解って、右京はため息をついた。
「亀山クン、さっきの......」
「いやっ!解ってますから、俺!はいっ!」
いったい何が解っているというのだろうか。
「では、なぜキミは先程部屋を飛び出したんです?」
「うぐっ!」
「気に病むことがないのなら、出ていく理由などないはずですが」
「うぅ.......」
亀山が胸のあたりを押さえて小さくなる。
しばらく唸っていたが右京の視線に観念したのか、ぼそぼそと呟いた。
「その....右京サンと官房長見てたら
 なんか俺の入る隙間なんてないなぁ......とか思っちゃって」
「........」
「お二人が15年来の付き合いだってのは解ってるんです。
 解ってるつもりなんですけど....やっぱりこう、なんつ−か、気持ちが.......」
あえて笑ってごまかそうとしているが、声のトーンは低いままだ。
右京は一度軽く深呼吸した。
「確かに15年という年月は軽いものではありません。
 キミがそう感じるのは、ある意味しょうがないことです」
「........うぅ」
「しかし......」
一度目をふせて、そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「『時』は、今日で終わりというわけではないでしょう.....?」
「.....右京サン」
「僕たちにはまだ、『これから』があるでしょう?」
同意を求めるような穏やかな視線が向けられる。
亀山もひかれるように右京を見つめかえす。
「それから、さっきの....ですが....」
「え?」
「実は、官房長には弱味を握られていまして.....」
めずらしく、今度は右京が言い籠る。
こんな右京サン初めて見るなぁ、と思いながら先を促す。
「弱味....ですか?」
右京は視線をそらしながら、幾分早口で、白状した。
「その、僕は腰が弱いんです」
「は!?」
「だからあの人は隙があるとすぐに触ってこようとするんです。
 いつもやめるように言っているんですが。
 ........って、その手はなんですか?」
怪しい手付きで近寄って来た亀山をジロリと睨みあげる。
「え?いやぁ、事の真相を確かめようかと思いまして」
「そんなものは確かめなくても良いです」
「あ、ハイ」
素直に頷きながらも、陰で小さく舌打ちする。
その様子を見て、白状したことを少し後悔した。
だが、振り返った亀山の顔は満面の笑顔で。
「へへっ。これから俺も、俺だけしか知らない右京サンの『弱味』ってやつを
 つかめるようになりますかねぇv」
「そう簡単に、人には弱味を見せませんよ」
「ちえっ。ケチ−」
「........はい?」
「あっ。いえ、なんでもございません」
冷たく見据えられて、背筋を伸ばす。
そして歩きだす右京の後ろをついていく。
「あ−しかし、僕のほうがキミの弱味をたくさん掴みそうですねぇ」
「えっ!?勘弁してくださいヨ−」

お互いを知る時間は、いくらでもある。
まだまだ『これから』。

そして一番喰えないのは、やっぱり小野田サンでしたというオチ。

4040(しおしお/笑)Hit御礼。露草サマに捧げます。
リクエストは『小野田さんと右京さんの関係(?)を
知ってしまった薫ちゃん』でございました。
答:『やっぱり逃げました』(爆)
いくらでもアヤシイ方向へ持って行けるネタをあえてギャグに。
僕の悪いクセですねぇ...(くすっ)
その後右京サンは、散々亀山クンに弱点を責められたらしいです。
どこでかは、皆サマの御想像におまかせv(爆笑)

露草サン、おめでとうございましたvv