レトロ
「ほんとにもう、電話に留守電くらいつけといてくださいよ。
だからお向かいのおばあちゃんに怒鳴り込まれちゃうんですって」
「ほぅ。時差というものへの配慮もなく深夜早朝を問わず君に637回もコールさせてしまったのは
僕のせいだと」
「そうですよ。そもそもあの電話にちゃーんと留守録がついてたら
一回かけて用件を録音して、それで済むじゃないですか。
大体ね、今時留守電がない電話なんて古すぎます」
「古いかもしれませんが、そういうものも趣があって良いものですよ。
留守番電話に録音された用件に束縛されずにすむ。
そしてあのレトロなベルの音がまた何とも...」
「そんな黒電話みたいなやかましいベルにしてるから、怒鳴られるんですよ」
「何か言いましたか?」
「へ?いえいえ」
「しかし、老婆に怒鳴り込まれても僕は悪い気にはなりませんでしたがね」
「え。どうして?」
「それだけ熱心に電話をかけてくれるのは君かもしれないと想像するのも楽しかったですし。
それに、電話がかからないその間ずっと僕のことを考えていてくれたというふうにも考えられますし」
「い.....!?」
「そう考えたらキミのことが可愛く思えてきて。
こちらから電話をかけた時には、つい意地悪を言いたくなってしまいましたがね。
ああ、いえ、決して悪気があったわけではありませんよ?すみませんでした」
「...だったら初めから素直に『嬉しい』って言やぁいいのに」
「何か言いましたか?」
「あー、いえいえ」
「しかし、君の声を聞いて帰国したいという気持ちが抑えきれなくなったというのも事実ですしね。
帰国して良かった。こうやって再び...」
「右京サン...」
「実際に事件に触れて推理力を働かせるのは、やはり楽しいものですね」
「がく−っ!
どうしてそこで『再び亀山君の傍にいられて嬉しく思いますよv』とか言えないのかねコノ人!」
「何か言いましたか?」
「いいえ−。べつに−」
「そもそも『傍にいられて嬉しく思っている』のは、君のほうではないのですか?」
「そりゃあそ...
いいえぇ−。そんなこと、思ってませんよぉ〜!」
「ふふっ。そうやってふて腐れるところが、相変わらず可愛いですねぇ」